それぞれの320年
先日、茨城にある樹齢320年の枝垂れ桜を見に行ってきました。
満開の桜は枝ぶりも良く、見事に咲き誇っておりました。

記念碑には「水戸光圀公が植えられた」とあります。

香取神宮にも同じように水戸光圀公由来の桜の樹があります。
樹齢はさほど変わらないながらも、その姿は全く違うものです。
高さも、幹の太さも、華々しさも。
けれど、香取神宮の桜には、また別のものを感じます。
写真では伝わりにくいのですが、枝が地に伏し、土に触れ、そこから根を下ろしているように見えるのです。

この三百年の間に、枯れそうになったことがあったのでしょう。
その時に、自ら生きる道を探し、枝を根に変えたのだろうと想像します。
見事に咲き誇る枝垂れ桜は、見る人を圧倒し、心を奪います。
一方で、意志を感じる桜は、静かに、生きる力強さを教えてくれます。
同じ320年でも、そこにある姿はそれぞれです。
自然の中にあるものは、ただ美しいだけでなく、生きのびようとする意志を宿しているのだと、あらためて感じました。
私たちもまた、そうしたものに日々教わりながら、ものづくりを続けていきたいと思います。
